『ホームグランド』地磯サボテン公園

「ある男の物語」後編

 

「きた!」

 

スプールから引き出される糸を見つめ体勢を整える
奴はすぐに走りを止めた すかさず糸を指で押さえ合わせると

 

「ギューン!」と竿に乗った

 

「よっしゃ~!」

 

と竿を倒し起しにかかる しかし奴も負けてはいない 必死に走り出す
竿を反対に振りいなしにかかるが余力を残してるのか中々こっちを向かない 
今は主導権を奴に取られている なすがまま締め込まれただ耐える事しかできない
何とか間合いを縮めたいが余りに引きが強すぎる
一回も主導権を取れないまま戦いは終わった…..

 

無情にも風になびく道糸だけが釣り人の敗北を物語っていた
今までは必死で周りの事気付いていなかった 
全てが終わり振り返ると何人かの釣り人が見ていたらしく

 

「デカかったですね!」

 

と慰めの言葉を

 

「デカすぎました」

 

と答えるのが精一杯でワンチャンスを物に出来なかった自分の未熟さを恥じた
悔しさをこらえ改めて仕掛けを作り直してると 

 

「いるんですねあんなデカイ奴?」

 

と声がした
見上げると 先ほど場所を譲ってくれた釣り人が立っていた

 

「いますよ、ここにはかなりデカイのが」
「そうなんですか?最近よく来るんですけど、そんなデカイ奴に巡り合ってないです!」

 

「何度かお会いしてますよね?しかも遅くに来られて釣られてますね」

 

「ハイ!よく来てます、ここは夕まず目が狙い目で 
何度か朝早くやってみたけど余り良くなかったんで いつもこんな時間に来ます」

 

「そうなんですか?まだ足の裏しか釣ってません、釣り方にも工夫がいるんでしょうね?
「ここのクロはコマセを打っても浮いて来なくてベタ底でマキエを拾っているので全游動でやってますよ」

 

「そうなんですね、半游動でタナを決めてやってました いつもコッパグレばかりで」
ナナメ浮きを手に取り見せると

 

「ほう~板鉛が沢山貼ってありますねぇ!しかも、キズだらけで戦いを物語ってます」
「一度やってみますか?」

 

「えぇ~?いいんですか?」

 

「どうぞ!やってください!」

 

竿を渡し流し方とコマセの打ち方をひと通り教え 後ろから見学することにした
すでに時刻は もう4時を回っていた 

 

そろそろ太陽が山にかかり いつものゴールデンタイムを迎えようとしていた

 

流したウキが浮かず沈まずとほどよく潮に乗り流れていく
そろそろ潮壁だ…
ナナメ浮きが潮にもまれ少しづつシモリ始めた

 

「当たりですかね?」と男が言う

 

「いや 当たりじゃないけど? 今潮壁に入ったからウキは見えなくなるけど 
まだ合わしたらダメだよ!」

 

「あとは穂先で当たりを取るんよ」

 

「当たりはね 穂先を少し起こしたら穂先は戻らんけど 
当たりじゃない時は立てれば穂先は戻るから すぐわかるはず!」

 

と そんな説明を無視したようにいきなり
「ギューン!」と竿を抑え込んだ

 

「きた!」と男は竿を起しリールを巻きにかかる
「巻いたらダメ!」と一喝する

 

「そんな慌てんでもいいから竿でいなして顔をこっちに向けるんよ」

 

幾度かの締め込みを交わし差し出すタモに収まったのは
紛れもない真っ黒な居付きの立派なクロであった
「おお~やったやった!」

 

お互いに笑顔で握手を交わす かすかに小刻みに震える男の手が喜びをあらわしていた

 

「ありがとうございます!いるんですね?こんなデカイ奴?」

 

「時間帯と潮とのタイミングがマッチしたんやね!」

 

「この浮きいいですね、帰りに買って帰ります」

 

「風呂で浮力調整したらいいよ、真水やからゆっくり沈んでゆくぐらいがいいかもね」

 

「わかりました!さっそくやってみます!」

 

何日か過ぎたある日いつものようにいつもの場所に行くと
彼がいた 竿を置き駆け寄ってくる 

 

 
「こんにちは!この前はありがとうございました!さっそく作ってきました」

 

とポケットから一掴みのウキを見せる 買ったばかりの真新しいナナメ浮きに板鉛が貼ってありマジックらしきクロ点がついている
嬉しそうに作る時の模様を語り始めた….
しばらくは彼の話に耳を傾け時の立つのを忘れていた
さて そろそろ時合も来るだろうと仕掛け作りにかかった
彼も釣り座に戻り竿を振る

 

しばらくすると次々に釣り人が釣りをやめてバッカンを洗い始めてる
別にいつものの光景で気にも止めないが

 

「もったいないいな~今から時合なのに」と思う

 

「きた!」

 

と言う声に振り向くと彼が竿をまげている

 

「時合がきたな」

 

とバッカンを抱え彼の横に移動する
よく見ると竿の曲がりも中々のもので良型を予感する
取り込みを終え見ると遥かに40は超えた良型であった
それからは、納竿までにポツポツと2人して10枚ほどのクロを捕り満足した一日であった
それ以来何故か?
その釣り場での仕掛けはナナメ浮きの全游動が目立つようになっていた
彼とはいつここに行くと言う約束もすることもないが
行くと必ずいると言う不思議
それからはその男 我がクラブに入り 今は他県にいるが大会には必ず休みを取りやってくる猛者
その男 地元で何人かの弟子を抱え今もがんばっている姿をみると 本当に釣りの繋がりは凄いなと思えるこの頃です